第6回 昭和58年(1983年)をトープレの「スタコラマン」が登ってく〜

 振り返えると昭和58年は、おもちゃ業界の未来を予見する大変な時期であった。
 この年、世間では上場企業の6割が赤字決算で、サラリーマンの実質所得はほとんど伸びず、おもちゃ業界も、LSIゲームの過剰在庫をはじめ、とり巻く環境は決して楽ではなかった。海外ではアタリ、コレコ、などのビデオゲームが日本上陸をいまや遅しと狙っていた、が、7月に発売される任天堂ファミリーコンピュータが水際でそれらを蹴散らすとは、まだ、だれも気が付いてはいなかった。いや、「スタコラマン」だけは知っていたのかもしれない、日本人のライフスタイルを変えてしまうほどの、ニューウェーブがくることを。
 

 ナショナル ネオ ハイトップを担いで、ひたすら、スタコラ、スタコラと超高層ビルをのぼる「スタコラマン」は7月に発売される任天堂の「ファミリー コンピュター」を中心としたビデオゲーム旋風に、ひとり立ち向かうドンキホーテに例えられなくもない。
 
 年末から58年にかけて、高視聴率を誇る「水戸黄門」で松下電器のCMに登場したトープレの「スタコラマン」。その、ただひたすら超高層ビルを登るけなげな姿に子どもからアダルトまで問い合わせが殺到し、人気ものに。商品は12月に発売されていたが、テレビ人気で4月ごろから売れはじめる。LSIの後遺症で明るさのない玩具店をぽっと照らすマッチのような商品であった。価格は2500円でテレビで使用されたものとは若干変更されていた。しかし、ネーミングの「スタコラ」なんて、今じゃ死語となっており、「スタコラサッサとお家に帰ろ〜なんて」けっこう臨場感タップリで、使ってみたい気もしない…か?。

昭和58年4/5号玩具通信広告


第7回 昭和54年 スロウドー ペッタンベーダー ツクダオリジナル

 昭和54年、前年にタイトーが開発したビデオゲーム「スペースインベーダー」はインフルエンザの様に世間にまん延した。音楽シーンでもYMOがシンセサイザーで醸し出していた音は、インベーダーゲームからインスパイアされた音でもあり、時代はテクノポリス的サイバー空間を志向しはじめた時期だった。当時やった人も、やらなかった人も、今「インベーダーゲーム」ってコトバを耳にすると、ピコ、ピコとインベーダーの嵐が吹き荒れ、ライディーンが轟いたあの時代を思い出すに違いない。
 
 インベーダーが社会現象と化すれば、それに関連するプロダクツは数しれず、オモチャも「インベーダー・何々」という名で登場すると思ったが、学研がいち早く「インベーダー」という名称を商標登録(特許庁第24類)しており、そのせいかどうか知らないが、その類いの商品はあまり見当たらない。そんな中で、インベーダー色の強い商品が「スロウドー ペッタンベーダー」だ。スロウドーは新しい素材(今でいうスライム風?)で、紙や木などにくっつく多様なネンドで、ツクダオリジナルから発売されており、折からのインベーダーブームに、インベーダー的、インベーダー押し型を付けて、急きょ「スロウドー ペッタンベーダー」として発売された。 まあ、簡単にいうとダーツで、スロウドーをインベーダーの的にあて、点数を競うという、まったくもってうれしいオモチャであった。価格は600円 
「なげて ペッタン ペッタンベーダー」テレビ宣伝もやったはずなので、CMを見た方もおられたであろう。

昭和54年玩具通信広告より


第8回 昭和48年 「ダイカモデル」 K/Kプラモデル

 町のオモチャ屋はどこに行ったんだい。これは、大型店があふれ、商店街が閑散とし、個人商店の生き残りが極めて難しくなっているから、などと、当たり前の事をいっているのではありゃーせん。オモチャ屋という形式が解体され、オモチャという枠がいつのまにか、消えかかっている事実をいっているのであります。このごろ新しくできる大型ショピングモールを色々探してもオモチャ屋は見つからない、「オモチャ」は知らぬまに、ファンシー雑貨、科学雑貨、和雑貨、ギフト、ホビー・インテリア雑貨・キッズ・ベビー・フアッション雑貨などにクラス替えされている。それはちょうど、学校を休んだ時に席替えされていた子どものように、取り残された感じをもってしまうのは私だけでございますかナ(?)。昨日までオモチャだった奴が今日からお前はファンシーになるんだよと、いきなり知らない所へ養子に行かされたような(?)切ない気持ちなど、個人的な思いはこの際置いておき、昭和48年まだ町のオモチャ屋が子どもと一体となって、これがオモチャだ!と胸を張っていた時代の商品を紹介したい。
 

 「ダイカモデル」K/Kプラモデルから発売されていたこの商品、オイラはあまりよく知らないのだが、当時の広告をじっと見ていると、なんか、オモチャしてるな〜という思いがふつふつと湧いてくる。「ダイカモデル」「走らせる!身につける・飾る」の3つを楽しめるオモチャである。たしかに、モデルの子どもの服にはペンダント、ブローチ、バッジとダイカモデルがとまっているように見える。ダイカというぐらいだから特殊合金なんだろうが、すごく重そうだ。「ズッシリとくる手ごたえ」とよくみると書いてある。「走らせると10メートルは走ります」とあるからすごい。それは「特殊タイヤによる成果です」と言い切る自信に昭和の押しの強さをみることができる。

 種類は6種類でディスプレイ付きで150円。合金でこの値段なら子どもたちはたまらなかったはず。オモチャ屋の親父が子どもの胸に「ダイカモデル」を付けてやってる当時の様子が見えるようだ。

(昭和48年玩具通信広告から)